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徒然なるままに・・・

就職→起業→独立(いまココ)の日々を綴ります。

小説について小説している小説13選

趣味のtips

私事だが、小説について小説している小説が好きだ。層状を成すメタ構造に体をゆだねていると、今の自分の状態もその中に包含されてすべてがどうでもよくなる気がする。

昔、子供の頃、手塚治虫の火の鳥の中で、我々の宇宙が別の宇宙の中の一つの生命体に内包されてその生命体もまた別の宇宙に内包されて……みたいな話を読んで以来、そういった層状構造に得も言われぬ魅力を感じるようになった。

そんなわけで、今日はそんな小説世界の一端を紹介していきたい。

 

 

生成不純文学 by 木下古栗

 OL物のAVが気になって仕事が手につかないロシア人宇宙飛行士。宇宙からその視線を首筋に感じる平凡なOLは、ある昼下がり、公園のベンチ裏からノートを見つける。そこには野糞を採取する男の記録が……。(虹色ノート」)。

ほか、「人間性の宝石 茂林健二郎」「泡沫の遺伝子」「生成不純文学」の四篇を収録。

と、真面目な前置きからいきなり木下古栗の紹介で申し訳ない。以降はちゃんと真っ当な文学を紹介するのでご安心いただきたいが、やはり現代純文学の旗手(笑)、木下古栗の新刊が出たのであれば紹介するしかない。以前紹介した前々作『金を払うから素手で殴らせてくれないか』(http://www.tedium-life.com/entry/2016/06/05/200348)から前作『グローバライズ』で更に進化したその筆致は本作品で更に異形の変化を遂げている。

内容についてはあらすじが全てなので深くは語らないが、この作者のすごいところは「小説はこういうものだ」という当たり前の認識をバキバキに破壊しつつ、あくまで小説っぽい体裁でまとめ上げてくるところだと思う。そういう意味では小説という概念への挑戦であり、小説を小説している作家だと個人的には捉えている。

 

伝奇集 by J.L.ボルヘス

夢と現実のあわいに浮び上がる「迷宮」としての世界を描いて現代文学の最先端に位置するボルヘス(一八九九―一九八六).われわれ人間の生とは,他者の夢見ている幻に過ぎないのではないかと疑う「円環の廃墟」,宇宙の隠喩である図書館の物語「バベルの図書館」など,東西古今の神話や哲学を題材として精緻に織りなされた魅惑の短篇集.

さて、以降は真っ当(?)な作品を紹介していこう。まずは何といってもボルヘス先生を紹介するのが筋であるというものだろう。本書は、後で紹介する円城塔の原典ともいえ、小説を小説するもの、そしてその小説を愛する者のバイブルである。

全ての文字の組み合わせが蔵書として存在している図書館を描いた「バベルの図書館」、作品自体が壮大な円環構造を成している「円環の廃墟」、そして、個人的には笑いながら読んだのだが、セルバンテスのドンキホーテを一言一句正確に再現した小説(つまりドンキホーテ)を書こうとする小説家の話「『ドン・キホーテ』の著者ピエール・メナール」、それ以外にも架空の書籍や概念を描いた小説など、壮大な小説世界がこの本の中には溢れている。

 

文体練習 by レーモン・クノー

前人未到のことば遊び。他愛もないひとつの出来事が、99通りもの変奏によって変幻自在に書き分けられてゆく。『地下鉄のザジ』の作者にして20世紀フランス文学の急進的な革命を率いたレーモン・クノーによる究極の言語遊戯がついに完全翻訳。

バスの中での男二人の諍いとジャケットのボタンに関する男二人の会話という何の起承転結もない10行程度の文章を、99通りの文体で表現するという非常に前衛的な内容。

例えば、目次を開くと、複式記述/隠喩を用いて/予言/あらたまった手紙/感嘆符/俗悪体/哲学的など文体のコンセプトが並んでいる。好きな人にとっては垂涎ものである。

一つの文章が文体でここまで読後感が変わるのかという新しい発見と、翻訳者に対する尊敬の念を感じながら楽しく読めた。

 

完全な真空 by スタニスワフ・レム

誇大妄想的宇宙論からヌーヴォーロマンのパロディ評まで、16冊の架空の書物を論じたペダンティックな仕掛けに満ちた書評集。「ポスト・ボルヘス的書物」とカート・ヴォネガットの絶讃を浴びた異色の作品集。

書評である。ただしすべて架空の書物、というこれもまた前衛的な内容。

作者は『ソラリス』で有名なスタニスワフ・レムで、この作品に味を占めたのか、2年後、同様の架空書物の序文を集めた『虚数』という作品も刊行しており、こちらも大変面白い。ちなみに、本書の最初の書評は本書『完全な真空』に対する書評になっている。メタ視点もここまでくると爽快である。

ちなみに書評の範囲としては、SF、文学、科学、数学など多岐にわたっており、ここまで幅広い架空の書物を思いつくレム氏の頭の中がどうなっているのか、一度見てみたいものだ。

 

百年の孤独 by ガルシア・マルケス

蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と悦楽、現実と幻想、死と生、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽しながら…。20世紀が生んだ、物語の豊潤な奇蹟。

文学好きならどこかで必ず一度は通過するほどの有名な作品なのでご存知の方も多数いらっしゃることだろう。ノーベル文学賞受賞者でもあるガルシア・マルケスの代表作である。

なので、「小説について小説している小説」という枠組みで本作品を紹介することに違和感を覚える方もいるかもしれない。内容はマコンドという村を舞台に、ブエンディア家という一族が経た100年という歴史を、マジックレアリズムの手法で鮮やかに描いたもので、特段メタ構造とかそういった小説構造的なものは見られない。

しかし、私はこれを小説の物語構造としてある一つの完成形だと思っている。完成している物語の形としては「神話」があるが、これはある種、現代の神話であり、サーガである。小説について小説するには小説とは何かを明確にする必要があるが、私はこれが「小説の中の小説」だと思っている。そういう意味で十二分に小説について小説していると考えてもよいのではないだろうか(と言い訳しつつ実は無理やりでも入れたかっただけ)。

 

HHhH (プラハ、1942年) by ローラン・ビネ

ノーベル賞受賞作家マリオ・バルガス・リョサを驚嘆せしめたゴンクール賞最優秀新人賞受賞作。金髪の野獣と呼ばれたナチのユダヤ人大量虐殺の責任者ハイドリヒと彼の暗殺者である二人の青年をノンフィクション的手法で描き読者を慄然させる傑作。

ヒムラーに並ぶナチス親衛隊の高官、ラインハルト・ハイドリヒとそれを暗殺しようとするチェコ・スロバキアの2人の青年を描く。

単純に歴史ノンフィクションものとしても面白いが、この作品のすごいところは、そこに“作者の存在“を垣間見せるところだ。作者も作中人物として、このノンフィクションをまとめようとする者として現れる。そして、作者も作中人物と同様に葛藤するのである。この事実を作品中にどう表現するかというプロセス自体も作品の中に入れ込んでいることで、我々の歴史に対する見方を揺さぶってくる。

このノンフィクション+作為という相容れない概念を一つの小説にまとめる手腕は見事としか言いようがない。

 

残像に口紅を by 筒井康隆

「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。

 

さて、以降は日本の作者の紹介に移る。

まずはみんな大好き筒井康隆大先生の作品で、ご存知の方も多いだろう。この小説は、使える文字(あいうえお)が次第に減っていく世界を描いたもので、小説の中でも文字の種類が次第に消えていく。

アイデアとしても面白いが、何よりすごいのはそれを文字が消えていく悲しさを表した「小説」の形にまとめ上げているとことだと思う。さすがは筒井大先生、日本の宝である。

 

国語入試問題必勝法 by 清水義範

ピントが外れている文章こそ正解! 問題を読まないでも答はわかる!? 国語が苦手な受験生に家庭教師が伝授する解答術は意表を突く秘技。国語教育と受験技術に対する鋭い諷刺を優しい心で包み、知的な爆笑を引き起こすアイデアにあふれたとてつもない小説集。吉川英治文学新人賞受賞作。

こんなタイトルだが、小説(短編集)である。

作者である清水義範氏は様々な文体をパロディで表現するのが得意な作家で、表題作では、国語入試問題に悩む一郎君と、「人情物の選択肢が正解」だとか「いかにも正論っぽい内容は除外」だとか、「選択肢の文章の長いものと短いものは除外」だとか、そういった裏技的な解放を指南する家庭教師のやり取りを描いている。

その他にも、司馬遼太郎的な文体で「猿蟹合戦」について考察したり、小説連作しようとする老人たちのめちゃくちゃな小説の様子を書いてみたり、笑える文体模倣に溢れている。

 

これはペンです by 円城塔

文章の自動生成装置を発明し、突飛な素材で自在に文章を生み出す叔父と、その姪の物語「これはペンです」(芥川賞候補作)。存在しない街を克明に幻視し、現実・夢・記憶の世界を行き来する父と、その息子を描く「良い夜を持っている」。書くこと、読むことの根源を照らし出し、言葉と人々を包み込む2つの物語。

円城塔からどれにするか迷ったが、一番本記事に合うのはこの作品だと思う。

様々な方法で文章を記述し、それを主人公である姪に送ってくる叔父の話である表題作と、記憶力が異常で過去のことも今のように鮮明に思い出せる(というかすべての記憶が鮮明なので思い出すという概念がない)父を語る息子の話の2作。

表題作の叔父は自動記述プログラムを発明した技術者だったのだが、ある日、「我々はいとも簡単に出鱈目をかけてしまう」ことに気づく。そこで叔父はなぜか、互いにくっつく磁石式のアルファベットで文章を書こうとしたり(書いている途中で互いにくっつきあうので非常に書きにくい)、タイプライターの文字をランダムに入れ替えたり、そういう面倒くささを「書くこと」の中に入れようとするのである。

まさに小説について小説している小説であり、書くこととは何か、読むこととは何かについて、叔父の用いる様々な文章記述方法とそれを読み解こうとする姪のやり取りを通して、読者に問いかけている。

 

りすん by 諏訪哲史

遠い親戚だけど兄妹のように育った二人。妹は骨髄癌におかされ長期入院している。病室で繰り広げられる二人の会話。ある時、二人は同室の女性患者が自分たちの会話を盗聴していることに気づく。二人は彼ら固有の生を求め、物語の紋切型と小説の作為とに抗い続けるが―。小説とは何か、言葉とは何か、小説を書くという行為とは何か。さまざまな問いを底流におきながら、兄妹の切ない物語として、リズミカルな言葉で描かれた待望の長篇。芥川賞受賞後初の小説。

癌で入院している妹と、仲良しの親戚のお兄ちゃんとの会話からなる小説。地の文は一つもなく、すべて会話文から構成されている。

ある日、隣の女性患者が自分たちの会話を盗聴・筆記しており、更にそれが1つの小説になっていることに気づく。二人は、小説にならないように所々垣間見える作者(女性患者)の作為から逃れようと様々な考えを巡らせるが、その会話自体が小説構造に取り込まれてしまう。最後、手術の日を迎え、紋切り型の結末から逃れるために兄妹は最後の手段に出るのだが、その手段が笑えつつ、不思議な感動を覚える。

 

1000の小説とバックベアード by 佐藤友哉

二十七歳の誕生日に仕事をクビになるのは悲劇だ。僕は四年間勤めた片説家集団を離れ、途方に暮れていた。(片説は特定の依頼人を恢復させるための文章で小説とは異なる。)おまけに解雇された途端、読み書きの能力を失う始末だ。謎めく配川姉妹、地下に広がる異界、全身黒ずくめの男・バックベアード。古今東西の物語をめぐるアドヴェンチャーが、ここに始まる。三島由紀夫賞受賞作。

片説家という特定の依頼人のために文章を書く仕事をしていた主人公がある日、仕事を解雇され、読み書きの能力を失ってから、小説家として復活しようとするまでを描く。小見出しが「困ったら新キャラクターを登場させろ」とか「こまっても書くのをやめるな」とか、作者が自分自身に言ってんのか?と思うような文章がちらほらと垣間見える。それ以外にもミイラ化した『日本文学』が出てきたりと、様々な趣向が面白い。当時27歳だった作者の苦悩が見て取れる。

 

日蝕 by 平野啓一郎

現代が喪失した「聖性」に文学はどこまで肉薄できるのか。舞台は異端信仰の嵐が吹き荒れる十五世紀末フランス。賢者の石の創生を目指す錬金術師との出会いが、神学僧を異界に導く。洞窟に潜む両性具有者、魔女焚刑の只中に生じた秘蹟、めくるめく霊肉一致の瞬間。華麗な文体と壮大な文学的探求で「三島由紀夫の再来」と評され、芥川賞を史上最年少で獲得した記念碑的デビュー作品。

ストーリー自体は特に特筆すべきものはないが、兎にも角にも文体がすごい。完全に時代錯誤の難解な文体を作者の驚異的な語彙力で使いこなしている。とにかく漢字が多すぎて文庫本を開いたら余りの黒さに笑ってしまった。この文体を今の時代に用いるという意味を含めて読むと非常に面白く読める。

 

皆勤の徒 by 酉島伝法

円城塔氏推薦――「地球ではあまり見かけない、人類にはまだ早い系作家」

百メートルの巨大な鉄柱が支える小さな甲板の上に、“会社”は建っていた。語り手はそこで日々、異様な有機生命体を素材に商品を手作りする。雇用主である社長は“人間”と呼ばれる不定形の大型生物だ。甲板上と、それを取り巻く泥土の海だけが語り手の世界であり、そして日々の勤めは平穏ではない―第二回創元SF短編賞受賞の表題作にはじまる全四編。連作を経るうちに、驚くべき遠未来世界が読者の前に立ち現れる。現代SFの到達点にして、世界水準の傑作。

 『SFが読みたい!2014年版』の国内版1位を取っただけあって、SF的な面白さは格別。加えて、随所に散りばめられた言葉遊びが笑ってしまう。

異形の生命体から成る人間の会社的な組織をSF的な世界観でグロテスクに描いているのだが、例えば書き出しはこうだ。

「銀河深淵に凝った降着円盤の安定周期軌道上に、巨しく透曇な球體をなす千万の胞人が密集し、郡都をなしていた。(中略)数多の惑星の生物標本より詞配された隷重類たちが、各々属する胞人規範に基づいて働き、落命と出生を繰り返しつつ多元的な生態系を組み上げていた」

ここでいう胞人≒法人である。基本的に上記のようなグロテスクな雰囲気満載の描写で“会社”というブラック企業に勤めるダメ社員の日常と言った、ギャップがすごい話が繰り広げられるのである。これは笑わずにはいられない。この言語感覚は本当に新鮮で新しいSFを読んだ気がした。SF好きも純文学好きもダメ社員も必読の書である。

 

あとがき

ということで今回は小説について小説している小説ということでオススメの作品を並べてはみたが、そもそも小説について小説している小説という定義が曖昧で、本当に小説について小説している小説を紹介できているのか途中でわけがわからなくなり、こじつけて小説について小説している小説を紹介しているかもしれないが、とにかく僕が一番言いたいことは、「面白いからぜひ読んでみてね!!」ということだけである。