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大文字山のどこで大をすべきか問題

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大文字山にはトイレがないという問題があり、古くから多くの登山者を苦しませてきた。この話は、その煉獄から逃れようとする男たちの熱い戦いの記録である。
(2000字程度)

 

 

大文字山にて大をせんとする男の話

ある日、銀閣寺周辺で散歩していた時のことだった。一人の男が話しかけてきた。

「この辺りに詳しい方とお見受けする。これから、大文字山で大をしようと思うが、どこがよいか」

私は男が言っていることの意味が分からず、尋ねた。

「大とは如何なる意味か」

「大とは大便のことである」

 

なるほど。そういうことであれば、と前置きした上で私は答えた。

「大文字山には便所は無い。言い換えれば自然が便所であるともいえる。すなわち、できる限り麓で済ませた方がよかろう。幸いにもこの辺りには小奇麗な公衆便所も多くあることだしそちらで済ませては如何か」

すると男は少し気分を害した様子であった。

「それでは駄目なのだ。私は大文字のあの雄大な大の字の周囲で致したいのだ」

やはり、と私は確信した。先ほどは男を試す回答をしたが、この男はあの伝説を伝え聞いてここに赴いたのに違いあるまい。すぐにでも答えてやろうと思ったが、覚悟無きまま軽薄な好奇心で訪れる輩が昔から多く、特に近年インターネットの普及も相まって更にその数を増している現状に酷く辟易していた私は、念には念を入れ、その意思の強さを確認してみることにした。

「それでは公衆の面前にて致すことになるやもしれぬが、宜しいか。大文字山は五山の送り火で有名であるが、普段から小一時間で登れる気軽なハイキングコースとしても人気を博している。大の字の火床や京の街が一望できる頂上ともなると常に何人かの人は居ると考えた方が良い。通報されても責任は負えぬが……」

「構わぬ。もとより覚悟の上である」

「宜しい。では授けよう」

 そう言うと、男の目が輝くのが分かった。この男は本物である。私は自然と口角が上がるのを感じた。この感覚は久しぶりのことだ。

「まずは登山中に一回である。これについてはどこでもよい。できれば登山客の気分を害さないよう、道から外れた草むらで致すのが良かろう。これは、山の神に対して、今から参るという挨拶代わりの便となる故、心して臨むように」

「相分かった。登山ルートはどこが良いか」

「特に決まってはおらぬが、やはり初心者にはこの道をこのまま真っすぐ道なりに行って、右に曲がったところに入り口がある銀閣寺ルートが良かろう。慣れてくれば法然寺や霊鑑寺ルートも荒々しい木々の空気を感じられ、原初の樹木と対話をしているような趣があるのでお薦めである」

「なるほど。まるで観光案内人のようであるな」

「次に、ここが重要だ。ここで間違えると天罰が下るとも言われている。激烈な下痢で三晩は眠れなくなると思え」

私の脅しに対して男は何も答えなかったが、その眼には恐怖の色が浮かんでいるのを私は見逃さなかった。私は男の強がりに鼻を鳴らすと説明をつづけた。

「犬、太の順番で致せ。意味は分かるな?」

「太、犬では駄目なのか?」

「駄目だ。そうせよと決まっておる。ちなみに、犬は草むらがあるので簡単だが、太は非常に難しいと思え。切り開かれた山腹の真ん中に位置しているため、上から見ると何をしているかが丸わかりになってしまう」

男が低い唸り声を上げた。あまりの羞恥に逡巡しているのであろう。実際、多くの挑戦者たちが犬までは辿り着くが太で脱落していく。単純に捻り出す便が足りなくなって諦める者もいるが、多くは勇気が足りないのが原因である。

「そして、ここからは出来る物だけでよい。出来る物が多いほど幸福が訪れるといわれておるが、正直人間業とは思えないような位置指定もあるため、無理にとは言わぬ。対象となる位置は、夭、冭、木、内、奈、犮、夳、爽、达、器、㐲、夫、夬、未、矢、失、美、実、癸、奏と伝えられている」

「点ではなく、線と言うことか」

「その通り。他にも思いついたものがあれば試してみるがよかろう」

「出来て夭と冭あたりであろうな。しかしさすがの私でも日に五回は骨が折れる」

「組み合わせでつくるとより効率的だ。例えば、夫さえできれば、夬、未、失は比較的容易であろう。少し線を足すだけだ。また、重ね書きも山の神は許してくださる」

「体調を見て判断させてもらうとしようか」

「ところで、ここまでで重要な意味を持つ位置指定がまだ出ていないことに気が付かないか?」

私がそう尋ねると、男は血管の浮き出た少しばかり歳を感じさせる手を顎に付けて考え始めた。ふと男の頭上に目を向けると、男が話しかけてきた時には空の半分を覆っていた雲が消え去り青空が広がっているのが見える。気温も大分上がってきたようだ。視線を戻すと男の額に汗が滲んでいる。

「まだ出ていない位置指定……」

「見よ」

私は視線を上げて、男を誘導した。

「空……。なるほど! 天であるか!」

「ご明察。最後は天で締めるように。これさえ守れば便道自ずと成就せん」

「ご便達感謝の極みであった。私の便道が成った折にはまた御礼に伺えれば幸いである」

礼を言い急いで走り去っていく男を眺めながら、私は一言付け加えるのを忘れていたことに気づき、慌てて叫ぶ。

「下山後、南禅寺の水道橋にて尻を流すのを忘れぬように!」

男は私の声に立ち止まり振り向くと、強くうなずいた。それから、しばらくこちらを名残惜しそうに見つめた後、勢いよく正面を向き直し、先ほどよりも駆け足で視界から消えていった。

 

私は男が見えなくなるのを見届けてから家に帰った。そして、玄関先に置いてある犬の糞始末用のスコップとビニール袋と軍手を掴み取ると、舌なめずりをしながらゆっくりと男の後を追いかけた。晩御飯の献立を考えるのは山頂に着いてからでよかろう。

 

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↓大文字山の大の字を犬にする話。こちらは火を使います。

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